主題シュダイ科目カモク
都市トシデザイン
1-3 古代都市の都市デザイン(古代コダイローマ)
出典シュッテン 建築大ケンチクダイ辞典ジテン ダイハン」、ショウ国社クニシャ、1993
西洋セイヨウ建築ケンチク図集ズシュウ 新訂版シンテイバン」、日本建築学会編ニホンケンチクガッカイヘン彰国社ショウコクシャ、1980
ローマ建築ケンチク Roman architecture
ゼン世紀セイキごろからノチ世紀セイキごろにかけて、イタリアを中心チュウシンとし、ヨーロッパ、キタアフリカ、オリエントにまたがる古代コダイローマ領土で発展した建築。共和制時代はエトルリア、前2世紀ごろからはギリシア建築の影響を受け、帝政時代に最盛期に達する。建築ケンチク材料ザイリョウとしては、石材セキザイ煉瓦レンガ、コンクリートを使用シヨウ。アーチ構造コウゾウ、ヴォールト構造コウゾウ応用オウヨウした高層コウソウ建築ケンチクダイ広間ヒロマ建築ケンチク技術ギジュツスグれ、神殿シンデンハカ廟などの宗教建築のほか、大規模な世俗建築や土木工事に才能を発揮、宗教建築にはギリシアと同形式の神殿や円形神殿(パンテオン)などがあり、世俗的・実用的方面ではフォルム(公共広場)、円形闘技場(コロッセウム)、劇場、記念門、水道(ガールの水道橋)などがある。ポンペイの都市遺跡は、ローマ人の都市計画、公共施設、個人邸宅あるいは建築と彼らの日常生活との関係などについて教えるところが多い。
フォルム Forum
古代コダイローマ公共コウキョウ広場ヒロバ.商業ショウギョウ取引トリヒキショ集会場シュウカイジョウとして使ツカわれたもので、それにセッしてオオくの公共コウキョウ建築ケンチクてられた。帝政テイセイ時代ジダイのフォルムは四周シシュウをバジリカ、元老院ゲンロウイン神殿シンデンなどの公共コウキョウ施設シセツレツハシラロウカコまれた計画的ケイカクテキなオープンスペースとなり、屋根ヤネのない公共コウキョウ建築ケンチクカンテイするのが普通フツウである。古代コダイ巨大キョダイ都市トシローマにはいくつものフォルムがあるが、フォルム・ロマーヌムはモットフルモット重要ジュウヨウなフォルムであり、ハヤくから政治セイジジョウ宗教シュウキョウジョウ中心チュウシンとしてカタチづくられた壮大ソウダイレイとして有名ユウメイ
フォルム・ロマーヌム Forum Romanum
ローマ市内シナイにあり、古代コダイローマの政治セイジ経済ケイザイ中心チュウシンをなした広場ヒロバ現在ゲンザイのフォロ・ロマーノ。初期ショキには商店ショウテンナラ市場イチバとして発進ハッシンゼン世紀セイキゴロからは帝国テイコク政治セイジ活動カツドウ中心チュウシンとなり、歴代レキダイ皇帝コウテイによってオオくの荘厳ソウゴン神殿シンデン会堂カイドウ記念キネンモンなどが建造ケンゾウされた。主要シュヨウなものは、クーリア(元老院ゲンロウイン)、ロストラ(演壇エンダン)、双子フタゴカミ神殿シンデン、コンスタンティヌステイのバジリカ、ティトゥステイ記念キネンモンなど。
ローマ道路ドウロ Roman road
古代コダイローマ帝国テイコク首都シュトローマとヨーロッパ、アフリカ、アジアなどの支配下シハイカ遠隔地エンカクチ連結レンケツするためにツクった道路ドウロモウ障害物ショウガイブツがあっても、しばしばまっすぐにツクられていた。道路ドウロ構造コウゾウは、タイらでカタイシ、コンクリート、モルタルでカタめた砂利ジャリからっていた。道路ドウロ第一ダイイチ目的モクテキ軍事グンジテキなものであったが、商業ショウギョウ交易コウエキにも使ツカわれた。最古サイコのものはチベル河口カコウのオスチアとをムスんでいたオスチア道路ドウロである。
ガールの水道橋スイドウバシ Pont du Gard
ミナミフランスのニームのマチ水源スイゲンのユールイケからミズくローマ時代ジダイ水道スイドウ施設シセツ(延長エンチョウヤク50km)の一部イチブで、水路スイロがガールカワ横断オウダンするためにけられた大規模ダイキボ水道橋スイドウバシゼン20ネンごろ建造ケンゾウ。3ソウのアーチ構造コウゾウで、タカさ49m、ナガさ275m、3ソウかれ、ダイソウが6スパン、ダイソウが11スパン、ダイソウが35スパンのアーチをカサねており、中央チュウオウ最大サイダイスパンはヤク24.5mである。ダイソウまではキリイシゾウソラみで、工事中コウジチュウ足場アシバササえるためにシュツさせたイシをそのままノコして、一種イッシュ装飾的ソウショクテキ効果コウカ発揮ハッキさせている。一般イッパンに、ローマの水道スイドウ水源スイゲンから目的地モクテキチまで一定イッテイの傾斜を持つ自然流下式であり、このため高いところを通過するときはトンネルを掘り、低いところを通過するときは水道橋を架けた。ガールの水道ハシの場合、最上層に水路(幅1.2m、深さ1.85m)が走っており、傾斜は1kmにつき0.342mの割合である。また、第1層は歩行者用だったが、1743年下流側に拡幅され、道路橋として使われている。水道橋はローマにあるが、セゴヴィア、カルタゴなどの水道橋(いずれもA.D.2世紀)が特に有名である。
古代コダイローマ 伝説デンセツによると、ローマ建設ケンセツされたのはB.C.753ネンとされる。初期ショキのローマにはツチツクったヘキがあったらしい。現在ゲンザイヘキはB.C.390ネンガリアヒトがローマを占領センリョウし、撤退テッタイした直後チョクゴ建設ケンセツされたものである。共和制キョウワセイ時代ジダイのローマは、基本的キホンテキにこのヘキ内部ナイブし、4にわかれ、ヤク270haほどの面積メンセキめていたらしい。アウグストゥスはシロソト発展ハッテンした郊外コウガイみ、市域シイキを14再編成サイヘンセイした。このとき拡大カクダイされたイキは1,783haになった。よくられているように、ローマには公共コウキョウ建築ケンチクやオープン・スペースが膨大ボウダイ面積メンセキめており、道路ドウロ公共コウキョウ施設シセツソウ面積メンセキヤク50%とカンガえることができる。
ポンペイ Pompeii
ミナミイタリアのナポリワンノゾ古代コダイローマの遺跡イセキゼン世紀セイキゴロから富裕フユウなローマジン別荘地ベッソウチ(人口ジンコウヤク20,000)として繁栄ハンエイ。63ネン大地震ダイジシンから復興フッコウしたノチ、79ネンのヴェスヴィオ火山カザン大噴火ダイフンカ地下チカ埋没マイボツ。1748ネン以後イゴ発掘ハックツ開始カイシされ、現在ゲンザイ継続ケイゾクナカ。その結果ケッカ、フォルム、神殿シンデン裁判所サイバンショ円形エンケイ競技場キョウギジョウ浴場ヨクジョウ住宅ジュウタク店舗テンポ庭園テイエンなどの建造ケンゾウブツ壁画ヘキガ彫刻チョウコクその工芸品コウゲイヒン多数タスウ発掘ハックツされ、古代コダイローマの研究ケンキュウ貴重キチョウ資料シリョウ提供テイキョウしている。
アーチ arch
開口部カイコウブ上部ジョウブオモササえるためにイシ煉瓦レンガ曲線キョクセンカタげた構造コウゾウドウその材料ザイリョウによる同形ドウケイのものもオナ名称メイショウばれる。「ハク(せり)」「ハク(せりも)ち」「キョウ(きょう)」などのヤクがある。アーチのカタチ基本的キホンテキには円弧エンコまたはそれのイクつかのわせによって出来デキるもので、時代ジダイによりキワめて多様タヨウである。それらのオオくは、構造的コウゾウテキ要求ヨウキュウによりは、むしろ装飾的ソウショクテキ意図イトによって考案コウアンされたもので、曲線キョクセン種類シュルイにより、それぞれに名称メイショウがある。とがりアーチ、テューダーアーチ、ランセットアーチ、オジアーチなど。
ヴォールト Vault
アーチをもととした石造セキゾウ煉瓦レンガまたはコンクリートゾウキョク天井テンジョウ総称ソウショウ基本的キホンテキなものにハンエンツツヴォールト、交差コウサヴォールト、クロイスターヴォールト、リヴヴォールトがあり、サラにリブ(ロク)のエガカタチから、カタカタチヴォールト、アミカタチヴォールト、ホシカタチヴォールトなどの名称メイショウがある。                     古代コダイローマ建築ケンチク以来イライ中世チュウセイオヨキンイタるまでクミセキ構造コウゾウにおける基本的キホンテキな構法であると同時に、空間や形態の特性を決定する重要な要素になっている。近代においても曲面天井を一般にヴォールトと呼んでいる。木造や漆喰で模倣したものである。
ローマのコンクリート opus caementicium
イシ煉瓦レンガクズなどの骨材コツザイcaementaと、ポゾラナpozzolana,pulvis puteolanusと石灰セッカイ混合物コンゴウブツミズクワえたモルタルとを仮枠の中で突き混ぜて凝固させた。ポゾラナはローマやナポリ付近に産出する火山性の土で、これを使ったコンクリートは水中でも固まる強い壁体となる。ポゾラナが発見される以前、あるいはそれが手に入らないところでは、単に砂と石灰を混ぜたモルタルを使った。ローマのポルティクス・アエミリアは約87m×48mのマーケット・ホールに半円筒ヴォールトを平行に架け並べたコンクリート建築であったが、B.C.2世紀前半にこの程度の建物が可能だったことから考えると、ローマにおけるコンクリートの起源はB.C.3世紀にさかのぼると考えて恐らく差し支えないと思われる。ローマのコンクリート・ヴォールトは、煉瓦のアーチの骨組みと組み合わせて造られるろころに大きな特色がある。
コロッセウム Colosseum
ローマ市内シナイノコ古代コダイ最大サイダイ円形エンケイ競技場キョウギジョウ(アンフィシアター)。紀元キゲン72-80ネンフラヴィウスチョウのヴェスパシアヌステイ、ティトゥステイによって建造ケンゾウされ、「フラヴィウスの闘技場トウギジョウ」とばれる。楕円形ダエンケイハチカタチ建物タテモノで、ナガケイヤク188m、タンケイ55m、ガイシュウ527m、収容シュウヨウ観客数カンキャクスウ50,000ニン以上イジョウ外壁ガイヘキは4ソウタカヤク50m、1~3カイカク50のアーチレツ外側ソトガワヒラき、アーチのアイダにそれぞれドリスシキ、イオニアシキ、コリントシキハンエンチュウつ。中央チュウオウのアレーナはナガケイ86m、ミジカケイ54mで、ユカイタり。  
パンテオン(ローマ)  Pantheon,Roma
ローマにあるダイ円形エンケイ神殿シンデンゼン27ネンにアグリッパが建造ケンゾウ西ニシレキ118~128ネンごろ、パドリアヌステイ再建サイケンエンツツカタチヘキタイウエ半球ハンキュウケイのドームをせた構造コウゾウち、室内シツナイ直径チョッケイタカさともに43.4m。天井テンジョウ中央チュウオウ直径チョッケイ9mの円形エンケイ天窓テンマドヒラく。シュウヘキに7のニッチがあり、ここにローマの7イタセイカミマツる。北側キタガワグチ前面ゼンメンハシラのコリントシキハシラロウ玄関ゲンカン付随フズイする。